岡部聡
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
- 1988年
- 12月21日、第23回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。当時の競走車呼名は「ニューマン」。競走タイムは3.421。
- 1990年
- 6月27日、開場25周年記念グランプリ(山陽オートレース場)優勝。当時の競走車呼名は「アンフィニ」。競走タイムは3.737。
- 1996年
- スポニチ杯争奪選抜地区対抗戦(山陽オートレース場)優勝。
- 2000年
- GI第36回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。
- 2001年
- 2002年
- 4月から導入された全国ランキングで初代1位となり、「№1ヘルメット」を与えられる。
- 7月21日、GI第26回キューポラ杯争奪戦(川口オートレース場)優勝。競走タイムは3.375。
- 10月1日、SG第7回オートレースグランプリ(伊勢崎オートレース場)でSG初制覇。競走車呼名は「フラッグシップ」。競走タイムは3.656。
- 12月18日、GI第37回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。競走タイムは3.584。
- 2003年
- 1月27日、SG第17回スーパースター王座決定戦(川口オートレース場)優勝。競走車呼名は「ラルフ・ワン」。競走タイムは3.539。
- 3月24日、GI開場47周年記念ゴールデンレース(浜松オートレース場)優勝。競走タイムは3.381。
- 2004年
- 12月8日、GI第39回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。競走タイムは3.347。
- 2005年
- 11月6日、SG第37回日本選手権オートレース(川口オートレース場)優勝。競走車呼名は「フラッグシップ」。競走タイムは3.729。
- 12月7日、GI第40回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。競走タイムは3.374。
- 2006年
- 3月21日、SG第19回全日本選抜オートレース(飯塚オートレース場)優勝。競走タイムは3.708。
- 2007年
- 2010年
- 2015年
- 6月18日、史上23人目の通算1000勝を達成。
無冠のオールラウンダー
岡部は片平巧(船橋オートレース場所属)や中村政信(飯塚オートレース場所属)と同期の19期。万能型のレーサーで、抜群の安定感を誇る。特に雨走路での強さは日本一とまで言われる。
岡部はオートレース界でも珍しい二人の師匠を持ったレーサーでもある。
地元山陽オートレース場所属の伊東隆美(7期、引退)が直接の師であったが、もう一人の師が飯塚オートレース場所属の桝崎正(7期、引退)であった。
岡部の新人時代は2級車2年→1級車単気筒1年→1級車二気筒という乗り換わりで、単気筒で活躍する選手も少なくなく、伊東もそんな選手の一人だった。しかし、岡部は何が何でもトライアンフ、即ち二気筒に乗りたいという思いを抱いていた。
そこで伊東に伺いをたて、伊東の紹介で、伊東と同期で親交のあった桝崎の下へ越境で入門したのである。
当時は整備規定が今のものと異なり休日にレース場外にエンジンを持ち出せたため、休みの日はほぼ毎日のように泊り込み、桝崎の整備技術と二気筒車での走法技術を学び続けた。
その後、主流がトライアンフからフジに変わってもこの越境は続いた。しかし、同期の片平が次々とSGタイトルを手にしていくのに対し、岡部は長らく無冠に甘んじる事となった。
雨の鬼
1999年12月23日、同期で「西の横綱」と言われた中村政信が不慮の事故で殉職するという悲劇が起きた。
その後、同期の片平が不調に陥る中、岡部は急激な進化を遂げていく。2002年10月にSGオートレースグランプリを制覇すると、たちまちにSG街道を爆進していった。
特筆すべきは、岡部が制覇したSGは全て雨だったということである。オールラウンダーではあるが雨の方が得意な岡部にとって、これほど恵まれた条件はないと言えるものであった。一部では「雨乞いをしているのではないか?」と言う声まで上がった程で、「雨の鬼」の異名が定着してゆく要因となった。
全国屈指の雨巧者である岡部だが、晴タイヤを装着した状態で走る雨走路は苦手としている。これは、雨は全くと言っていいほど乗れない片平が、晴タイヤで走る雨走路を得意としているのと全くの逆である。