岩村一木
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東京市小石川区、現在の東京都文京区千石2丁目35番地[3]で、貴族院勅選議員・岩村通俊の八男として生まれる[1][3][4]。1915年(大正4年)長兄岩村八作の養子となり[3]、その死去に伴い1924年(大正13年)9月1日、男爵を襲爵した[1][4][5]。
京北中学校を経て[3]、1917年(大正6年)東京農業大学高等科を卒業[2][3][4]。以後、臨時産業合理局過燐酸肥料改善委員会幹事、人造肥料連合会理事、燐酸肥料工業組合常務理事、日本藁工品配給監査役、肥料配給公団総裁、農林水産奨励会副会長などを務めた[1][2][3][4]。
1932年(昭和7年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[6][7]、公正会に所属して活動し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで2期在任した[2]。その他、内閣委員、大東亜省委員、肥料審議会委員などを務めた[2]。
