岩渕聡
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 出身地 | 同・神奈川県茅ヶ崎市 | ||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1975年10月7日(49歳) | ||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 175cm | ||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 73kg | ||||||||||||||||||||||||
| 利き手 | 左 | ||||||||||||||||||||||||
| バックハンド | 両手打ち | ||||||||||||||||||||||||
| ツアー経歴 | |||||||||||||||||||||||||
| デビュー年 | 1993年 | ||||||||||||||||||||||||
| 引退年 | 2009年 | ||||||||||||||||||||||||
| ツアー通算 | 1勝 | ||||||||||||||||||||||||
| シングルス | 0勝 | ||||||||||||||||||||||||
| ダブルス | 1勝 | ||||||||||||||||||||||||
| 生涯通算成績 | 34勝43敗 | ||||||||||||||||||||||||
| シングルス | 6勝17敗 | ||||||||||||||||||||||||
| ダブルス | 28勝26敗 | ||||||||||||||||||||||||
| 生涯獲得賞金 | $329,243 | ||||||||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||||||||||||||
| 全豪 | 1回戦(2006) | ||||||||||||||||||||||||
| ウィンブルドン | 1回戦(2000) | ||||||||||||||||||||||||
| キャリア自己最高ランキング | |||||||||||||||||||||||||
| シングルス | 223位(2003年10月20日) | ||||||||||||||||||||||||
| ダブルス | 125位(2006年9月11日) | ||||||||||||||||||||||||
| 獲得メダル | |||||||||||||||||||||||||
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岩渕 聡(いわぶち さとし, 1975年10月7日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身の日本の元男子プロテニス選手、指導者。身長175cm、体重73kg、左利き。ツアー通算でダブルスで1勝を挙げた。
9歳からテニスを始め、柳川高校在学中にインターハイ、全日本ジュニアなどジュニアタイトルを次々と獲得した。
高校卒業後プロ転向し、国内外を転戦する。デビスカップ代表にも選出され、オリンピックもダブルス部門でアトランタ・シドニーと2大会連続出場を果たした。
2005年のAIGオープンでは、鈴木貴男とのペアで日本人初のATPツアーダブルス優勝の快挙を成し遂げ、同年の全日本選手権では30歳にして単複優勝を果たす。2006年、全日本選手権で史上5人目のシングルス連覇を達成した。
2007年全豪オープンで、岩渕は4年ぶり3度目の予選会に出場したが、2回戦でルーカシュ・クボト(ポーランド)に 6-3, 1-6, 2-6 で逆転負けした。
2008年の全日本選手権では男子ダブルス部門で松井俊英と組み2連覇を果たす。これにより同大会ダブルス部門での通算優勝回数を「7」とし、坂井利郎の通算6度を抜き同部門歴代最多優勝者となった。
2009年10月5日に引退を表明[1]。ツアーでは10月第4週の韓国ソウルでのチャレンジャー大会シングルス予選決勝でイゴル・セイスリンフに 4-6, 3-6 のストレートで敗れたのを最後に、日本国内では松井俊英と組み出場した翌11月の全日本選手権ダブルス決勝で岩見亮&添田豪組を 2-6, 7-6 (3),6-2のフルセットで下し有終の美を同部門8度目の優勝で飾り引退した。
岩渕と鈴木のペアは、2005年ジャパン・オープン男子ダブルス優勝のほかに、デビスカップでも通算「13勝9敗」をマークし、上述の鈴木とのペアで日本代表「ベスト・ダブルス・チーム」(同一ダブルスペアによる最多勝利記録)の記録を保持している。
2017年4月デビスカップ日本代表の監督に就任した[2]。