岩田孝八
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藤沢商業学校(現在の藤沢翔陵高等学校)卒業[1]。2年間の浪人生活を経て、日本国際航空工業(のちの日産車体)に入社[3]。その後、軍隊生活を経験してから家業のふとん屋に就いた[3]。
戦後間もなく氷水屋『オアシス』を開業。彼は連日自転車に乗って、アイスキャンディを売った[3]。この稼ぎをもとにして、1948年(昭和23年)に平塚市で長崎屋布団店として開業する[1][2]。1950年(昭和25年)には衣料品専門店に転業。その年の11月、原町田に支店の第1号が誕生した[3]。
1952年(昭和27年)に長崎屋として株式会社化[1]、多くの衣料品の販売や衣料品以外の販売にも携わり[1]、1961年(昭和36年)には代表取締役社長に就任した[1]。1963年(昭和38年)には1年間で9店舗を開設[3]。その後は全国に進出し[1]、チェーンストア展開を図り、1967年(昭和42年)には東京証券取引所第一部(現在の東証プライム)に上場[1][2]。従来のふとんや長崎屋は一変して、スーパー衣料品店の雄にのし上がった[3]。目標は三越で"大衆三越"を実現するべく、土地の下検分から開店披露へと東奔西走した[3]。1988年(昭和63年)会長に退く[1][2]。