唐津市の徳須恵盆地内の「葛原神社」が鎮座する独立小丘陵に位置する。付近の徳須恵川や田中川を外堀として利用した。
城跡の遺構は判然としないが、葛原神社とその周辺が「島遺跡」として、島村城跡を内包する埋蔵文化財包蔵地(唐津市No.1079)に設定されている[1]。
波多氏が岸岳城の支城として築き、波多親の代には家臣・松尾右京之助が守備にあたっていた。天正18年(1590年)に山城禁止令が出ると波多氏は当城を居城にしている。文禄3年(1594年)に波多氏が追放されると寺沢広高が領主となり、当城に入った。慶長13年(1608年)に唐津城が完成すると広高は唐津城に移り、島村城は廃された。