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島村城

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別名 田中城
城郭構造 平山城
築城主 波多氏
築城年 天文2年(1533年
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島村城
(佐賀県)
別名 田中城
城郭構造 平山城
築城主 波多氏
築城年 天文2年(1533年
主な城主 波多氏、松尾右京之助、寺沢広高
廃城年 慶長13年(1608年)
遺構 土塀
指定文化財 未指定
埋蔵文化財
包蔵地番号
唐津市No.1079(島遺跡)[1]
再建造物 なし
位置 北緯33度22分40.6秒 東経129度56分44.5秒 / 北緯33.377944度 東経129.945694度 / 33.377944; 129.945694
地図
島村城の位置(佐賀県内)
島村城
島村城
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島村城(しまむらじょう)または田中城(たなかじょう)は、佐賀県唐津市北波多田中字島にあった日本の城(平山城)。上松浦党の一族・波多氏の城。

唐津市の徳須恵盆地内の「葛原神社」が鎮座する独立小丘陵に位置する。付近の徳須恵川や田中川を外堀として利用した。

城跡の遺構は判然としないが、葛原神社とその周辺が「島遺跡」として、島村城跡を内包する埋蔵文化財包蔵地(唐津市No.1079)に設定されている[1]。

波多氏が岸岳城の支城として築き、波多親の代には家臣・松尾右京之助が守備にあたっていた。天正18年(1590年)に山城禁止令が出ると波多氏は当城を居城にしている。文禄3年(1594年)に波多氏が追放されると寺沢広高が領主となり、当城に入った。慶長13年(1608年)に唐津城が完成すると広高は唐津城に移り、島村城は廃された。

脚注

参考文献

関連項目

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