崎山嗣朝
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沖縄県首里(現在の那覇市)に崎山嗣記の長男として生まれ、幼時を石垣島で過ごした。沖縄県立中学校を卒業後、第七高等学校に進み、1913年(大正2年)に卒業した[1]。さらに京都帝国大学法科大学独法科に学び、1917年(大正6年)に卒業した[1]。翌年に帰郷し、弁護士を開業した[1]。
那覇市会議員、沖縄県会議員を経て、1930年(昭和5年)の第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。計4期務めた。
1943年(昭和18年)3月には那覇市長に選出された[3]。
1944年(昭和19年)5月の再選挙で衆議院議員に当選[4]。所属は翼賛政治会[4]から大日本政治会を経て[5]、日本進歩党となった[6]。
戦後、沖縄は米軍統治下に置かれ、沖縄から立候補することは不可能となった。1960年(昭和35年)6月死去。
