崔善愛
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- 1988年に一時帰国、法務大臣から180日の在留特別許可を受けたのを皮切りに延長を続け[2]、日本政府を相手に再入国不許可取消訴訟を起こして同年に最高裁判所で敗訴が確定した(崔善愛事件)。その後、日本政府が1999年に救済措置として外国人登録法を一部改正した(平成11年法律第134号)[3][4][5]ため、2000年、崔は再び特別永住者になった。
- 2008年には、ピアニストとして音楽芸術家協会に所属し、ピアニストとしての演奏活動しながらコンサートの収益を多田謡子反権力人権基金に寄付した[6]。
- 2009年には根津公子と『君が代不起立と指紋押捺拒否を個人として当たり前のことをしてきただけなのに、結果として正面から国と向き合って生きることになった』として『表現することが痛みではなく、喜びとなれば 』と主張した[7]。
- 2011年には「新しい歴史教科書をつくる会」不採択運動の集会に参加して「自分を愛する、自分の国を愛するということはわざわざ教えることではない。よその国を愛しなさいというところからが教育でないでしょうか」と主張した[8]。
- 2012年には「反原発」をテーマにした講演や演奏会など行っている[9]。