高度経済成長期、製糸業も自動繰糸機[3]全盛期へと向かう中(1950~1960年代)、製糸工程の統計的管理法、定粒繰糸・定繊自動繰糸の基礎理論を確立。戦後日本の製糸業界発展に寄与すると共に、現在は世界的に普及した自動繰糸機の工程管理手法の礎を築いた。
信州大学教授就任後(製糸・管理工学)は、数多くの学生を指導、国際的にも門戸を拡げ世界各国の学生を受け入れた。
教授時代の中国蘇州丝绸工学院(現:蘇州大学)との交流は、後に岡谷蚕糸博物館名誉館長就任後に、岡谷市と蘇州絲博物館(英語版)との学術交流協定締結へと繋がった。