川三番地
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高校卒業後に印刷会社に就職するも漫画家を志し退職[2]。上京し、ちばてつやのアシスタントとなった[1]。
1980年、講談社新人漫画賞に本名である田中敬三名義にて「武道半人前」にて特別入選し[1]、同年より『週刊少年マガジン』にて『男ぞ!硬介』の連載を開始した。初期のペンネームは「川 三番地」(かわ みつばち)。以降、講談社や秋田書店の少年誌を中心に執筆し、双葉社の『週刊漫画アクション』や日本文華社の青年誌でも執筆していた。
キャリア初期は下ネタ系のドタバタギャグが多かったが、1986年に連載開始した『4P田中くん』以降は、師匠ちばてつやの末弟である漫画原作者・七三太朗と組んだ少年誌での仕事が中心となり、その大半が高校野球を題材とした大長編野球漫画である[1]。代表作は『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に連載された『4P田中くん』と、『月刊少年マガジン』(講談社)に連載された『風光る』(どちらも七三原作)。特に『4P田中くん』の主人公である田中球児はその後の作品のスター・システムとなっている。
2009年3月頃から病気療養のために一時活動を休止、連載中の漫画も休載したが、同年7月頃から活動を再開している。