川原佑
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| 生年月日 | 1992年12月25日(33歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 出身地 |
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| 学校 | 長崎南山高校 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 大学 | 明治大学 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラグビーユニオンでの経歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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川原 佑(かわはら たすく、1992年12月25日[1] - )は、日本のラグビーユニオンにおける元レフリー。日本ラグビーフットボール協会A級公認レフリー(審判員)を務めた[2]。
- 長崎県出身[3] 。
- 現役時代のポジションはスタンドオフ(SO)、フルバック(FB)。
略歴
5歳からラグビーを始めた[4]。
長崎南山高校卒業後、明治大学に入学。怪我のため、明治大学ラグビー部には選手ではなくレフリーとして入部[5]。
2014年、大学在籍中にレフリーとして花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)デビュー[6]。
2015年、明治大学卒業後、NTTコミュニケーションズに入社[5]。
2017年、日本ラグビーフットボール協会A2級レフリーとなる[7]。
2018年4月5日、第19回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会決勝戦(桐蔭学園高対東福岡高)のレフリーを担当[8]。
2019年、日本ラグビーフットボール協会A1級レフリーとなる[9]。
2020年、日本ラグビーフットボール協会A級レフリーとなる[10]。
2021年、東京オリンピックの国内技術役員に選ばれた[11]。
2022年から始まったジャパンラグビーリーグワンのレフリーを、初年度から担当する[12]。
2023年1月8日、第59回全国大学ラグビーフットボール選手権大会決勝戦(帝京大対早稲田大)のレフリーを担当[13]。(後述「エピソード」を参照)
2025年4月、アジアラグビーTMOパネルのマッチオフィシャルに選ばれる[14]。
2025年5月31日、32歳で、ジャパンラグビーリーグワン2024-25DIVISION1のプレーオフ3位決定戦(埼玉WK対神戸S)を最後に、レフリーを引退[15]。リーグワンでは61試合のレフリーを務めた。
エピソード
- 2023年1月8日に開催された第59回全国大学ラグビーフットボール選手権大会決勝戦で主審レフリーを務めたが、負傷のため後半20分に離脱[16]。
- レフリー最後の試合となったリーグワン2024-25の3位決定戦(埼玉WK v 神戸S)は、落雷の危険性のため、試合開始19分46秒目から約50分中断した[17]。試合終了後、引退セレモニーが行われ、両チームの選手たちから胴上げをされた[18]。