川崎氏
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平姓秩父氏流
平姓大掾氏流
清和源氏流 川崎氏
藤原利仁流 川崎氏
藤原姓宇都宮氏族 川崎氏
常陸国の川崎氏
秋田藩士 川崎氏
佐竹氏の家臣に川崎氏あり。本姓は不詳。川崎清兵衛の父の代に常陸国より佐竹氏の秋田転封に随行する者あり。仙北郡六郷二住み、後年秋田城下に移るという[3]
系譜 川崎某―清兵衛―通定―佐源太
また、佐竹氏の家臣に藤原姓の川崎氏あり。家系は下総国関宿城主 簗田氏に仕え、故あって常陸国に移るという[3]。
系譜 川崎広忠― 忠晴※―忠国―忠顕
水戸藩の尊王志士・義民たる川崎氏
また、水戸藩士及び領民のうちにも川崎氏あり。
- 川崎孫四郎 水戸藩士。水戸藩家老・安島帯刀の従者、また郡吏を務める。家系は川崎氏。川崎長貴の四男に生まれる。変名は篠崎源太郎。諱は健幹。桜田門外の変に際しては大坂にて連絡係を務めた。万延元年(1860年)3月3日、自刃を企てて重傷、翌日亡くなった。位階は贈正五位。靖国神社に合祀[4]。
- 川崎尹介 常陸国久慈郡茂宮村の郷士。諱は永教。天狗党の乱に加わり、元治元年(1864年)、那珂湊より久慈郡中染村へと転戦し、9月9日、二本松藩と戦い討ち死にする。享年43。靖国神社合祀[5]。
- 川崎金左衛門 久慈郡留村の百姓。諱は国義。慶応2年(1866年)6月16日、江戸佃島で獄死する。靖国神社合祀[6]。
- 川崎健之介 久慈郡磯部村の百姓。銕之介とも。佐次衛門の三男。天狗党に加わり、西上するも捕えられる。、慶応元年(1865年)2月16日、越前国敦賀で斬首。靖国神社合祀[7]。
- 川崎寿介 久慈郡上土木内村の里正。諱は義長。天狗党に加わり捕えられる。慶応2年(1866年)7月22日、江戸佃島で獄死する。享年53。靖国神社合祀[8]。
- 川崎善七 久慈郡上土木内村の百姓。組頭。諱は義彪。天狗党に加わり、捕えられる。慶応2年(1866年)6月7日、江戸佃島で獄死する。享年54。靖国神社合祀[9]。
- 川崎源八 久慈郡上土木内村の百姓。文久3年(1863年)、新徴組に加わり天狗勢として活動する。元治元年(1864年)、常陸府中で幕府軍に捕えられ、慶応元年(1865年)10月7日、水戸田彦原にて磔刑となる。靖国神社合祀[10]。
- 川崎兵次郎 常陸国の百姓。天狗党に加わり、元治元年(1864年)8月、下妻で討ち死にする。靖国神社合祀[11]。