川田孝好
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1970年ごろ、14歳のときに大井競馬場の中野要厩舎に所属し、1973年に騎手免許を取得して騎手デビューし、翌1974年には佐賀県競馬組合に移籍した。佐賀競馬時代の勝負服(騎手服)は「白、緑一本輪、緑袖」であり、「メジロ商事」の勝負服と同柄であった。はじめは大井時代の勝負服をそのまま用いるつもりだったが、当時佐賀競馬によく似た配色の騎手が在籍していたため、初勝利を挙げた「メジロ」の服色を新たな勝負服として選んだ[2]。
1993年、調教師免許を取得したことにより騎手を引退し、その後佐賀競馬場で厩舎を開業した。管理馬の初出走は同年4月17日で、管理馬の初勝利は同年5月29日だった。
2003年、中央競馬への初出走となった7月27日に小倉競馬場で行われた3歳以上500万下競走では、ラッキーブローが17番人気で12着だった。