市谷薬王寺町
東京都新宿区の町名
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地理
歴史
近世には市谷村の一部で、町域は主に武家地、寺社地であった。旗本萩原氏の屋敷地が元禄14年(1701年)に返納され薬王寺に給付、門前町を形成した。 正徳3年(1713年)に町奉行の支配となり「市ヶ谷薬王寺前町」と称した(62-69番付近)。維新後の明治5年、市ヶ谷薬王寺前町に薬王寺・蓮秀寺・長厳寺・浄栄寺・林松寺・妙典寺・長昌寺の寺院、及び市ヶ谷南寺町(4番付近)・旗本久貝氏ほかの旗本屋敷・御先手組大繩地・東円寺墓所が加えられた。 明治初年に編纂された「東京府志料」によれば、戸数68戸(士族21、僧侶7、平民40)、人数198人(男106、女92。他に寄留47人)[7]。明治11年(1878年)から牛込区に属す。明治44年(1911年)に「前」の字が取られ、現行名の市谷薬王寺町となった。 かつて陸軍大将児玉源太郎の自宅があった[8]。
昭和22年(1947年)から新宿区。2023年11月6日、従前の町名・町界を踏襲する形で住居表示を実施。この際、町域の一部が変更された(道路部分のみ。市谷本村町及び市谷仲之町の一部を編入、市谷薬王寺町の一部を河田町に編入)。
地名の由来
地名はかつて所在していた薬王寺(30-33番:現在の外苑東通りに面していた)に由来する。文禄年間に創建した新義真言宗の寺院だが、維新後に廃寺となり、法灯は文京区大塚の護国寺に移された。現在当地に薬王寺という寺院はない。
(上記の「番」は明治末年頃の土地の地番)
世帯数と人口
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2018年8月時点)[15]。
- 区域 : 全域
- 小学校 : 新宿区立牛込仲之小学校
- 中学校 : 新宿区立牛込第一中学校
交通
事業所
催事
- 商交まつり ワゴンセール、大道芸、ビンゴゲームなど
