破壊された箇所の想像図。奈良文化財研究所作成。
平城宮大極殿跡のすぐ北に隣接しており、かつては直径100メートル超の最大級の円墳と思われていた。しかしその後の発掘調査で前方部が平城宮建設のさいに削平されており、本来は墳丘の全長253メートル 前方部の幅164メートル 後円部の直径147メートルの前方部を南に向けた前方後円墳であることが判明した。葺石、くびれ部分両側の造り出し、二重濠の一部分なども確認されている。
同古墳と同様に平城宮建設の際に破壊された古墳としては、第2次大極殿跡の下に位置する神明野古墳(全長117m)がある。
後円部の中心部分は宮内庁により平城天皇陵に指定されている。