1924年(大正13年)東京に生まれる。永田町小学校卒業。小学校では人間国宝15代目杵屋喜三郎と同級で仲の良い友人であった[1]。祖父は4代目尾上菊三郎。1930年(昭和5年)、6代目尾上菊五郎の実妹の養子となり、東京劇場『お祭佐七』の鳶頭の倅(せがれ)で坂東亀之助の名で初舞台を踏んだ。1971年(昭和46年)、歌舞伎座『落人』の伴内で初代市村鶴蔵と改名した。晩年は体調を崩し、長らく舞台から遠ざかった。2003年(平成15年)、歌舞伎座『助六由縁江戸桜』遣手お辰が生前最後の舞台となる。
1972年(昭和47年)、伝統歌舞伎保存会会員の第二次認定を受ける。重要無形文化財「歌舞伎」総合認定保持者。