杵屋喜三郎
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初代
後の2代目杵屋勘五郎。
2代目
後の4代目杵屋六左衛門。
3代目
4代目
後の6代目杵屋六左衛門。
5代目
6代目
7代目
8代目
9代目
12代目杵屋六左衛門の前名。
10代目
11代目
5代目杵屋勘五郎の前名。
12代目
13代目杵屋六左衛門の前名。
13代目
後の杵屋俊二。
14代目
14代目杵屋六左衛門の前名。
15代目

前列左から:14代目杵屋六左衛門、喜三郎の息子 宏幸、六左衛門夫人 田鶴
中列左から:15代目杵屋喜三郎、6代目杵屋勘五郎
後列左から:六左衛門の娘 千恵子、喜三郎夫人 伸枝、六左衛門の娘 定子
京都生まれ。14代目六左衛門の長男、本名・杵家安廣(きねや やすひろ)[1]。永田町小学校(現・千代田区立麹町小学校)[2]、東京美術学校 (旧制) を卒業。父および山田抄太郎、3代目杵屋六四郎に師事。1930年杵屋吉之丞、1942年喜三郎を襲名[1]。1997年人間国宝、1999年日本芸術院賞受賞。2006年4月旭日小綬章受章[3]。長唄協会名誉会長。妹が15代六左衛門を襲名しているため、代数に混乱がある。
弟に2代目寒玉(前名:六世 杵屋勘五郎)がいる。