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布施丑造

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布施 丑造[1][2](ふせ うしぞう[3]、1877年〈明治10年〉10月13日[4] - 1950年〈昭和25年[3]〉12月22日[5])は、日本の政治家、実業家、石川県多額納税者[6][7][8][9]。石川県鳳至郡穴水町長[6][10][11]。石川県会議員[1]。族籍は石川県平民[12]。

石川県鳳至郡河内村(現・穴水町字河内)出身[3]。布施豊蔵の二男[6][7][12]。泉家へ養子縁組したが長兄の急死によって1902年、16歳の時に生家に帰り[3]、家督を相続する[6][7][12]。

林業[4][9]、農業[6]を営む。1909年に発足した石川県山林会の創設にはその中心となって活躍し、副会長として同会の発展に寄与した[3]。

また銀行会社の重役であった[6]。鳳至銀行頭取[6][12]、能登産業銀行、鳳至電気、内外酒造各取締役[6][8][12]、高岡電灯監査役などをつとめる[6]。

政治家としても活躍した[3]。1908年、穴水町会議員に当選[1]。1911年、石川県会議員に当選[1](立憲政友会に所属)[13]。1922年、穴水町長に就職[1]。

1950年、73歳で没した[3]。

人物

敬神の観念に厚い[1]。貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する[4]。健康法は睡眠不足をしない事、適度の運動をする事、暴食と房事を慎む事[2]。

宗旨は真宗大谷派[2]。愛読書は『孟子』、『史記列伝』、『菜根譚』その他農業経済及び自治民政に関する新刊書[2]。好きな人物は和気清麻呂、北条時宗、豊臣秀吉[2]。住所は石川県鳳至郡穴水町字河内[2][6][8][12]。

栄典

家族・親族

布施家

布施家は累代農業のほか林業、酒造業、金融業を営み、同地方屈指の名家である[1]。家紋は丸に三ツ柏[2]。

脚注

参考文献

関連項目

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