布施左京亮 From Wikipedia, the free encyclopedia 布施 左京亮(ふせ さきょうのすけ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。右京亮とも。 大和の地侍。 畠山尾州家の家臣に大和衆としてその名が見受けられる。畠山貞政に従っていたとされ、紀州征伐ののち豊臣家に降伏した。 豊臣秀長が大和へ入国すると家臣になった。文禄4年(1595年)豊臣秀保にに大和の一部の所領を安堵される。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで西軍に属し浪人となった。 大坂の陣が始まると大坂城に入り、大野治房隊の所属となった[1]。 樫井の戦いでは塙直之らと共に戦っている。その後消息不明となる。 出典 ↑ “布施左京亮の紹介”. tikugo.com. 2021年9月14日閲覧。 参考文献 阿部猛; 西村圭子 編『戦国人名事典コンパクト版』新人物往来社、1990年、815頁。ISBN 4-404-01752-9。 小谷利明『畿内戦国期守護と地域社会』清文堂出版、2003年。ISBN 4-7924-0534-3。 弓倉弘年『中世後期畿内近国守護の研究』清文堂出版、2006年。ISBN 4-7924-0616-1。 関連項目 右京亮 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。このテンプレートは分野別のサブスタブテンプレートやスタブテンプレート(Wikipedia:分野別のスタブテンプレート参照)に変更することが望まれています。表示編集 Related Articles