常福寺 (大府市)
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| 常福寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 愛知県大府市半月町3丁目151 |
| 位置 | 北緯35度00分1.7秒 東経136度56分28.0秒 / 北緯35.000472度 東経136.941111度座標: 北緯35度00分1.7秒 東経136度56分28.0秒 / 北緯35.000472度 東経136.941111度 |
| 山号 | 万年山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 千手観世音菩薩 |
| 開基 | (伝)平景清 |
| 札所等 |
知多四国霊場6番 知多西国三十三所霊場28番 |
常福寺(じょうふくじ)は、愛知県大府市半月町3丁目151にある曹洞宗の寺院。山号は万年山[1]。本尊は千手観世音菩薩。知多四国霊場第6番札所。知多西国三十三所霊場第28番札所。
創建
平家の武将である平景清は平家滅亡後にこの地に逃れ、建久年間(1190年〜1199年)に観音堂を開創したとする伝承がある(平家の落人伝説)[2]。また、景清が建保2年(1214年)に没した後、村人が景清の菩提のために観音堂を開創したとする場合もある[3]。この観音堂が後に満念山常福寺となった[1]。その後、寺号を満念山から万年山に改称している[1]。
近世
天文15年(1546年)に火災で焼失した[1]。浅羽八太夫によって敷地が寄進されると、慶長14年(1609年)9月には観音堂とは別に客殿や庫裏などが建立され、乾坤院3世の法孫である養泉元育を勧請して開山とした[1]。
宝永5年(1708年)、諸堂を約20間移築して法堂を建立した[1]。明和7年(1770年)に知多西国三十三所霊場が開創されると、常福寺は第28番札所となった。文化6年(1809年)には亮山が知多四国霊場の開創を発願し、常福寺は第6番札所となった[1]。
弘化年間(1845年~1848年)から1872年(明治5年)まで、極楽寺には寺子屋が置かれていた[4]。1872年(明治5年)頃に半月郷学校(大府市立吉田小学校の前身校の一つ)が設立されると、常福寺の本堂に仮校舎が置かれた[5]。近代教育制度の模索期には寺子屋と学校が常福寺内に同時に開かれる奇妙な状況もあった[6]。
近代
安政4年(1857年)11月、2世大賢泰道が本堂の建立を発願すると、1874年(明治7年)に法地再興され、1876年(明治9年)2月に本堂が完成した[1]。知多郡吉田村の寺院としては、常福寺のほかに祖山寺と天性寺と清涼寺があり、いずれも曹洞宗である[7]。
