幅しげみ
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3歳よりピアノ、5歳よりソルフェージュ、12歳より電子オルガンを始める[5]。
1977年、18歳の時[注釈 2]、インターナショナル・エレクトーン・フェスティバル(略称:IEF、ヤマハ音楽振興会が主催)で入賞を果たす[4][注釈 3]。それに先がけてIEFへの出場予選を兼ねて同年に行われたヤマハ・エレクトーン・フェスティバル(YEF)全日本大会ではグランプリを受賞した[3]。
さらに、音大(短大か?…後述)在学中から「奥さんごいっしょに」「おかあさんといっしょ」「ラブアタック!」などのエレクトーン奏者として活躍し[5][10][11]、NHKFMの「軽音楽をあなたに」では3年半にわたってディスクジョッキーを担当した。
その後は今日までに、キーボードプレイヤーとして、アジア・アメリカなど各国での演奏活動や、ヤマハ音楽教室や音楽専門学校[注釈 4]で後進の指導、ミュージカルやイベントの作曲・企画・制作、音楽著作権の管理、音楽講師の派遣、音楽教育テキストの作成など、幅広く活動している[7]。
長年にわたり放送番組の伴奏ピアニストとして携わり、NHK番組「ラジオ体操」では名川太郎らとともに音楽を担当して出演してきた[13]。
年表
1974年(昭和49年)9月、「第3回ヤマハ・ジュニア・オリジナル・コンサート(JOC)全国大会」で奨励賞を受賞(指導講師湯山昭)[14]。
1977年(昭和52年)9月、「第14回エレクトーンフェスティバル(YEF)全日本大会」でグランプリを受賞[3]。 同年10月、「インターナショナルエレクトーンフェスティバル(IEF) '77」で入賞[4][注釈 3]。
1978年(昭和53年)、ヤマハ音楽振興会と専属契約[15][注釈 5]、キーボードプレーヤーとしてデビュー。
1980年(昭和55年)3月、洗足学園大学音楽教育学部卒業[15]。 ※ただし、四大卒の該当年齢(22歳以上)に1958年11月生まれ(1980年3月卒業の時点で21歳)は当てはまらず、辻褄が合わない。短大2卒もしくは短大3卒であれば正しくは「洗足学園短期大学(短大3卒の場合は専攻科)」卒業が考えられる[注釈 6]。
1981年(昭和56年)4月、NHK番組「ラジオ・テレビ体操」のピアニストとして音楽を担当[13](「テレビ体操」は2025年度まで[17][18])。
※「おかあさんといっしょ」の伴奏も1995年度頃まで担当していた。
作品
作曲
- 「大好きだよ」(2021年)[21]
作詞・歌:森みゆき ※編曲は幅しげみ
演奏録音
- 「JUNIOR ORIGINAL CONCERT'74(ヤマハ・ジュニア・オリジナル・コンサート'74)」(1974年、YAMAHA、YL-7403J) ※収録曲中「スナック ナック ナック」のみ幅しげみ(当時は本名の「幅 滋美」)が演奏[14]。
- 「グランプリアルバム’77」(1977年、YAMAHA、YL-7709E[22])[23] ※収録曲中「Dancing"18"(ダンシングエイティーン)」のみ自作および演奏[4]。
- 「Electone New Love Sounds」(1983年10月、東芝EMI、CA35-1035[24])※収録曲中10 - 12曲目「Ai No Corida(愛のコリーダ)」「Copacabana(コパカバーナ)」「You Are The Sunshine Of My Life(サンシャイン)」が幅しげみによる演奏[25]。
- 「Electone Big Artist Best Collection Series――スーパー・レイディーズ/幅しげみ・小寺久美子・川田祐子・福岡保子」(1987年、東芝レコード、TP-72427[26])※収録曲中A面1 - 3曲目「いとしい貴方」「アイ・ラブ・ニューヨーク」「サタデイ・ナイト」が幅しげみによる演奏[27]。
- 「MINDSCAPE COLLECTION~奥居香作品集」(1992年1月、アルファミュージック、ALCA-248[28])
- 「ラジオ体操第1・第2/みんなの体操」(2015年6月、ユニバーサルミュージック、UICZ-5065[29]) - 多胡肇が体操指導をするとともに、幅しげみがピアノ演奏を担当。往年の名コンビ(指導:青山敏彦、ピアノ:大久保三郎)による音源をもとにした「NHK ラジオ体操」(TOCT-4013[30]など)を録音し直したもの[12]。