干珠 (練習艦)
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| 干珠 | |
|---|---|
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1888年から1889年の「干珠」[3] | |
| 基本情報 | |
| 建造所 | 小野浜造船所[4][5] |
| 運用者 |
|
| 艦種 | 風帆練習艦[6][4](航海練習船[7]) |
| 建造費 | 予算 95,000円[8] |
| 母港 | 横須賀[7] |
| 艦歴 | |
| 発注 | 1886年7月24日製造訓令[5] |
| 起工 | 1886年9月5日[4][9] |
| 進水 | 1887年8月18日[6][9] |
| 竣工 | 1888年6月13日[9][4][10] |
| 除籍 | 1896年9月26日[9] |
| その後 |
第5種船として横須賀海兵団所属[4] 1910年4月13日売却 |
| 要目(竣工時) | |
| 排水量 | 876トン[6] または877トン[4] |
| 長さ | 134 ft 6 in (41.00 m)[6][注釈 1] |
| 幅 | 34 ft 6 in (10.52 m)[6][注釈 1] |
| 深さ | 18 ft 6 in (5.64 m)[6] |
| 吃水 | 平均 13 ft 0 in (3.96 m)[6][注釈 1] |
| 帆装 |
三檣バーク型[6][11] 帆面積1,900平方フィート[11] |
| 乗員 | 竣工時定員 229名(うち練習兵140名)[12] |
| 兵装 |
竣工時[6][注釈 2] 30斤アームストロング砲2門 12斤アームストロング砲2門 1894年7月時[13] 旧式後装20ポンド安砲 2門 短4ポンド山砲 1門 1インチ4連諾砲 2基 |
| その他 | 信号符字:GQDN[14] |
| トンは英トン | |
干珠(かんじゅ、旧仮名:かんじゆ)は日本海軍の航海練習艦[9] (風帆練習艦[6])。 艦名は関門海峡東口にある干珠島にちなむ[9]。
→詳細は「満珠 (練習艦)#計画」を参照
艦歴
建造
明治19年度計画(1886年)により小野浜造船所で建造された[15]。
1886年 (明治19年) 9月5日起工[4][9]。
1887年 (明治20年) 6月6日に小野浜造船所で建造の風帆練習艦を
竣工後
竣工後は練習艦として使用され[15]、1890年(明治23年)8月23日に第三種に定める[15][17]。日清戦争では軍港警備艦とされた[16]。その2年後の1896年(明治29年)9月26日に「満珠」とともに除籍された[9][16]。船体は横須賀海兵団付属とされ[16]、1910年(明治43年)4月13日に売却された[15]。
艦長
※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。
- 横尾道昱 少佐:1887年12月24日 - 1889年5月15日
- 永田賛知 少佐:1889年5月15日 - 1890年1月10日
- 迎敦忠 少佐:1890年1月10日 - 1891年6月11日
- 舟木錬太郎 少佐:1891年6月11日 - 1891年7月23日
- 外記康昌 少佐:1891年7月23日 - 1892年6月3日[18]
- 桜井規矩之左右 少佐:1892年6月3日 - 1893年5月20日
- 鹿野勇之進 少佐:1893年5月20日 - 1894年4月4日
- 藤田幸右衛門 少佐:1894年4月4日 - 1894年6月27日
- 徳久武宣 少佐:1895年8月20日 - 1895年12月27日
- 中山長明 少佐:1895年12月27日 - 1896年4月13日
- 永峰光孚 少佐:1896年4月13日 - 8月13日