地名の由来
地名は、承平年間(931年 - 938年)に土橋平蔵政常という者が紀伊国から移って城館を構えたことから来ているという。土橋平蔵の館という平蔵城や、土橋平蔵が創建したという西願寺がある。土橋氏は戦国期まで近隣を支配したという[注釈 1]。
沿革
近世には、上総国市原郡平蔵村であった。近代には平三村の一部となり、地区には村で唯一の小学校である平三尋常小学校が置かれた(各大字ごとに諸学校が分立した時期もある。平三村参照)。
年表
- 1889年(明治22年) - 町村制実施により平蔵村・米原村・小草畑村が合併、平蔵は平三村の大字となる。
- 1954年(昭和29年) - 牛久町・鶴舞町・戸田村・内田村・平三村が合併し、南総町の一部となる。
- 1967年(昭和42年) - 南総町が併合されたことにより、市原市の一部となる。