幻想曲 (シューマン)
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1835年、フランツ・リストらを中心としてボンにベートーヴェン記念碑の建立が計画された。発起人に名を連ねたシューマンは、寄附を目的として翌年から1838年にかけてこの曲を作曲した。ベートーヴェンを讃えるため曲中にベートーヴェンの作品が引用されているが、一方でクララ・ヴィークのための作品でもある。この時期はシューマンがクララと婚約しながら彼女の父親の猛反対で先が見えない時期に当たり、構想段階の表題、引用されたベートーヴェンの連作歌曲『遥かなる恋人に』、さらには第1楽章の頻繁な転調と不安定な調性感もそれを反映しているといわれる。
当初は『フロレスタンとオイゼビウスによる大ソナタ』と題され、各楽章にも表題がつけられていたが、結局は外され、代わって冒頭にフリードリヒ・シュレーゲルの詩の一節がモットーとして掲げられた [1]。1839年出版。1839年6月5日にリストは「あなたに献呈していただいた幻想曲は最高級の作品です。あなたからこのような壮大な曲の献呈をうける光栄に浴したことは、私は本当に誇りに感じております。私はこの曲にとりくみ、これから最大限の効果をあげられるように、それを徹底に調べようと思います。」[2]と感謝してシューマンから受け取った。後にリストは返礼として『ピアノソナタ ロ短調』をシューマンに献呈している。
