広島グリーンフェリー
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1972年、ジャパンライン(現・商船三井)の系列会社として[3]、東洋工業・広島銀行・中国電力等広島の地元資本から支援を受け開業[4]。広島市の広島港(出島)と大阪市の大阪南港の間を9時間半で結び、廃止直前の時点では夜行便1往復を運航していた。この他ジャパンライン系では大阪 - 博多航路を運航する「博多グリーンフェリー」計画も検討されていた[3]。
1973年以降はオイルショックや[5]、1975年の山陽新幹線の博多までの延伸や、1978年の中国縦貫自動車道の三次インターチェンジまでの延伸により、旅客のほか福山通運や日本運送といった大手運送会社からの需要が失われ[6]、燃料費高騰に伴う収支の悪化などにより、50億円の累積損失を計上し[5]、1982年に解散となった。