広島レクイエム
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1979年、糀場は日本弦楽指導者協会理事の中村哲二に依頼され、「広島レクイエム」を作曲[4]。1980年に演奏される予定であったが、技術的に難しく延期になり、曲は広島市に寄贈された[2]。
1985年、指揮者レナード・バーンスタインが被爆40周年を悼んで企画した広島平和コンサートにて、バーンスタインの選曲により演奏されることになり、糀場は曲の前半を大幅に改訂する[2][4]。日本初演は8月6日、指揮は大植英次、ECYO(現在のEUユース管弦楽団)により行われた[2]。バーンスタインが来日するというのでその演奏会を聴きにきていた指揮者小澤征爾が曲を気に入り、ボストン交響楽団で演奏した[5]。
両親共に広島生まれである糀場は、「この曲は、いつかは絶対に書かなければいけないと思っていた曲なのである。」[2]と語っており、糀場の家族やその周囲の人々から聞かされた原爆のおそろしい体験談を通じて書かれた[6]のがこの作品である。
20年後の2005年に糀場が作曲した「未風化の7つの横顔~ピアノとオーケストラのために」では、この「広島レクイエム」の祈りのモチーフを踏襲している[7]。
曲の構成
Molto Lento~Lento~Poco Più Mosso~Lento~Molto Lento。一曲を通しての演奏時間は約11分となっている[8]。
この曲はレクイエムと名づけられているが、ミサなどにおけるレクイエムとは異なり、広島における原爆犠牲者を弔う曲となっている。編成はヴァイオリンソロを伴う弦楽合奏で、終曲部に祈りをこめたアンティークシンバルが4回鳴らされる[8]。このアンティークシンバルは1985年の改訂時に追加されたものである[9]。
曲の前半部分は、原爆で傷つき死んでていった人々のうめき、悲しみを表しており、曲の後半部分は、その人々がその人々が苦しみからのがれて、神の元へ赴き、神のひざもとでやすらかに眠れるようにとの祈りである[2]。