富山県小杉町(現 射水市)出身のこて絵師で、名工といわれた竹内源造の遺作である[1]。高さ 10.2メートル(蓮台含む)、顔の長さ 2.2m、鼻の高さ 23cm[1]。青銅色のため、一見青銅製に見えるが、コンクリート製である[2]。別名の「十万納骨大仏」は、大仏に10万体の遺骨を混ぜたコンクリートが使用されていることに由来するという[1]。ただし、本当に10万体の遺骨が混ぜられているかどうかは定かではない。このように遺骨を混ぜたコンクリート製の大仏は、他にも別府大仏(大分県別府市、1928年建立・1989年取り壊し)などがある。
建立された地名から金屋大仏と呼ばれていたが、1982年(昭和57年)に施工された補修工事後、名称を庄川大仏に変更した[1]。