親が相撲好きで、宮城野部屋の小結・廣川と親しく、床山を探していたため、中1のとき、親と宮城野部屋に行ったら、そのまま部屋に置いていかれてしまったという[3]。中学卒業後の1970年4月に宮城野部屋の床山に正式に採用される[2]。初めは本名から「床章」を名乗ったが、三保ヶ関部屋に「床明」という床山がいて紛らわしいということで、改名を余儀なくされ、名前で悩んでいたら、春日野部屋の蜂矢が「俺の名前をやろう」ということで「床蜂」に変えた[3][4]。2015年1月に特等床山[4]。床蜂は現役末期は白鵬の大銀杏を結った。2019年7月場所で床松とともに停年を迎えた[5]。