床松
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人物
中学2年の時に千葉県に転居[2]。私立千葉工商高等学校(現・敬愛学園高等学校)に入り、野球部に所属するが、1年で中退[3]。1970年10月に春日野部屋の床山に採用される[2]。部屋では栃錦から栃乃和歌まで3代にわたり、部屋の力士のマゲを結った[4]。2015年1月に特等床山[5]。2019年7月場所で床蜂とともに停年を迎えた[6]。床松は現役末期は栃ノ心の大銀杏を結い、栃ノ心が優勝したことが「一番の思い出」と語った[2]。栃ノ心について床松は「髪の量も柔らかさも結いやすい」とのこと[4]。栃ノ心は床松について「仕事が早い」と語った[4]。
なお、彼以前にも「床松」の名前を名乗った床山は数人いたが、有名になることもなく短期間で廃業している。