床鶴
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長野県出身の幕内格行司の木村筆之助の紹介で中学卒業後の1976年に君ヶ浜部屋に入門[2]。力士志望だったが、体が小さかったため床山になった[3]。君ヶ浜部屋の師匠の鶴ヶ嶺の四股名から「床鶴」と命名された。その後、所属は井筒部屋となり、鶴ヶ嶺の後を継いだ逆鉾が2019年に死去したため、一門の陸奥部屋所属となった。横綱鶴竜や関脇逸ノ城のマゲを結ったことがある[4]。2023年12月、鶴竜改め24代音羽山の独立に同行し、音羽山部屋に転属した[5]。2025年7月場所中に65歳の誕生日を迎えたため、同場所限りで日本相撲協会を停年(定年)退職した[6]。
2024年6月18日、力士以外で相撲振興に寄与した人に与えられる「永楽相撲功労賞」を受賞[7]。