庚申換局
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1680年3月、南人の重臣である許積が許可なく勝手に宮中の天幕を使用した「油幄事件」と呼ばれる事件が発生した。これをきっかけにして粛宗は南人政権に強い不信感と疑惑を抱くようになり、換局と呼ばれる政権交代を準備した。換局は、南人派の訓錬大将だった柳赫然の解任とそれに代わる西人の金万基の補任に始まり、その後、南人の中央軍営の隊長らまでもがことごとく更迭され、彼らの後任に西人が任命されて南人は徐々に政治的立場が弱くなっていった。
その間、西人の重臣で王族とも外戚関係にあった金錫冑が南人の密かな動きを秘密裏に調べ上げ、南人らの反逆陰謀事件を暴露して決定的なダメージを与えた。金錫冑曰く、許積の庶子である許堅が兵力を背景に、粛宗に代わり王位に就くことが可能な、三福と呼ばれる王族と結託して粛宗に反逆を図ったとする。
庚申換局はこの一連の動きを背景に進行し、甲寅礼訟に引き続いて政権交代がなされた。金錫冑は庚申換局後も権力を掌握することになる。