弓削達
日本の歴史家
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
東京府出身。旧制麻布中学校を経て、1941年(旧制)東京商科大学(現:一橋大学)予科入学[4]、1947年東京商科大学卒業。指導教授は上原専禄[5]。1966年、一橋大学経済学博士[6]。
大学在学中、学生自治会の委員長を務め、韮沢忠雄(のちに日本共産党赤旗編集局長)、岡稔(のちに一橋大学教授)、佐藤定幸(のちに一橋大学名誉教授)、荒川弘(のちに産経新聞論説委員)ら、日本共産党シンパが参加していた民主主義科学研究会(民研)が自治会を牛耳っているとして批判し、中道左派的自治を呼びかけた。そのような中、民研は解散し社会科学研究会へと改組された[7]。
青山学院大学講師、神戸大学講師を経て、1958年神戸大学文学部助教授、1966年東京教育大学文学部助教授、1974年東京大学教養学部教授、1984年定年退官、名誉教授、神奈川大学短期大学部教授。1986年から一年間、東洋英和女学院短期大学で講師。1988年から1996年までフェリス女学院大学学長。
社会活動など
発言
- 「日米安保条約の目的は、アメリカのアジアにおける政治、経済での覇権主義、帝国主義のために日本と結んだ軍事同盟」
- 「日本の平和と安全のために同条件が必要だと納得させるため、アメリカは共産中国やソ連脅威論で、日本の敵国を作り、日本国民を洗脳してしまった。ソ連消滅後は、新たな脅威国として、北朝鮮についてまことしやかに喧伝されている」
- 「北朝鮮のノドン試射実験も僅か2、3発で、実験は中止された。日本への軍事的侵略の政治的意図があるとは思えず、アメリカが仮想敵国としてでっちあげた。中台危機も尖閣諸島問題もアメリカのでっちあげである」
以上全て『平和のための戦争展かながわ―昔も今も基地神奈川主催1998年8月15日講演会本土防空戦に参加した台湾少年工』にて[11]。
著書
- ローマ帝国の国家と社会(岩波書店 1964年)
- ローマ帝国論(吉川弘文館 1966年)
- 地中海世界(講談社現代新書 1973年)のち講談社学術文庫
- 世界の歴史 5 ローマ帝国とキリスト教(河出書房新社 1974年)のち河出文庫
- 生活の世界歴史 4 素顔のローマ人(河出書房新社 1975年)のちに河出文庫
- 世界の歴史 3 永遠のローマ(講談社 1976年)のち講談社学術文庫
- 地中海世界とローマ帝国(岩波書店 1977年)
- 明日への歴史学 歴史とはどういう学問か(河出書房新社 1984年)
- ローマ皇帝礼拝とキリスト教徒迫害(日本基督教団出版局 1984年)
- アグリッピーナ物語(河出文庫 1985年)
- 歴史学入門(東京大学出版会 1986年)
- 歴史家と歴史学(河出書房新社 1987年)
- ローマはなぜ滅んだか(講談社現代新書 1989年)
- 世界の都市の物語 5 ローマ(文藝春秋 1992年、文春文庫 1999年)
- 歴史的現在をどう生きるか(岩波ブックレット 1992年)
- 21世紀に平和を(岩波ブックレット 1993年)
- 平和の景色 私の原点(岩波書店 1995年)
- 憲法九条は国際政治に無力か(かもがわブックレット 1996年)
共著・共編著
翻訳
- 聖書の「真理」の性格 出会いとしての真理(エミール・ブルンナー 日本基督教青年会同盟 1950年)
- 古代社会経済史 古代農業事情(マックス・ウェーバー 渡辺金一共訳 東洋経済新報社 1959年)
- ローマ帝国の没落(チェインバース編 創文社 1979年)
- 初期ビザンツ社会 構造・矛盾・緊張(F.ティンネフェルト 岩波書店 1984年)