エミール・ブルンナー
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チューリッヒ近郊の街ヴィンタートゥールで生まれる。チューリッヒ、ベルリン、さらにニューヨークのユニオン神学校で学ぶ。
8年間の牧会生活の後、1924年からチューリヒ大学神学部で組織神学、実践神学の教授を務める。また、1942年から1944年にかけては、同大学総長も務める。
キリスト教の布教の不徹底が日本におけるファシズムの勃興の一因だったと考えて日本に赴き、1949年に富士見町教会や東京神学大学、同志社大学神学部で講演を行い、さらに1953年から国際基督教大学の客員教授として教壇に立つ。そして日本で無教会主義の影響を受けた[1][2]。本人は永住も覚悟した日本移住だったが、健康を損ねてしまったため、1955年に帰国した。
その後、病のために自らペンをとる力を失いながらも、テープレコーダーを用いながら著述を続ける。
1966年、死去。