作曲の動機については不明であるが、1813年の5月3日に作曲が始められ、6日には第2楽章を書き上げ、7日にはほぼ全体が完成された。1813年当時のシューベルトは、この分野で飛躍的な発展を示しており、ソナタ形式をはじめとする他の形式の確立や構成の堅実さの点で大きな進歩を見せている。
なお、シューベルトは1813年に入って間もなく『弦楽四重奏曲 変ホ長調』(D 40)を作曲しているが、こちらは楽譜が紛失しており、またその作品自体が偽作であるという説が挙げられている。この紛失した「D 40」と本作との関係は不明である。