張廷裕

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張 廷裕(ちょう ていゆう、生年不詳 - 928年)は、末から五代十国時代にかけての軍人。代北の出身[1]

幼くして李克用雲州で仕え、黄巣の乱の平定や王行瑜の討伐に従い、軍中で小将に昇進した。晋王李存勗が魏博を平定すると、廷裕は魏博左廂馬歩軍都虞候に任じられた。蔚州慈州隰州刺史を歴任した[1]同光2年(924年)、威塞軍節度留後となった[2]。同光3年(925年)、威塞軍節度使に任じられた。廷裕には統制の技量がなく、北辺を騒がせることになった。天成3年(928年)、新州で死去した。太保の位を追贈された[1]

脚注

伝記資料

参考文献

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