張廷裕 From Wikipedia, the free encyclopedia 張 廷裕(ちょう ていゆう、生年不詳 - 928年)は、唐末から五代十国時代にかけての軍人。代北の出身[1]。 幼くして李克用に雲州で仕え、黄巣の乱の平定や王行瑜の討伐に従い、軍中で小将に昇進した。晋王李存勗が魏博を平定すると、廷裕は魏博左廂馬歩軍都虞候に任じられた。蔚州・慈州・隰州の刺史を歴任した[1]。同光2年(924年)、威塞軍節度留後となった[2]。同光3年(925年)、威塞軍節度使に任じられた。廷裕には統制の技量がなく、北辺を騒がせることになった。天成3年(928年)、新州で死去した。太保の位を追贈された[1]。 脚注 1 2 3 旧五代史 1976, p. 867. ↑ 旧五代史 1976, p. 439. 伝記資料 『旧五代史』巻65 唐書41 列伝第17 参考文献 『旧五代史』中華書局、1976年。ISBN 7-101-00321-4。 Related Articles