隰州 From Wikipedia, the free encyclopedia 隰州(しつしゅう)は、中国にかつて存在した州。隋代から民国初年にかけて、現在の山西省臨汾市一帯に設置された。 山西省の隰州の位置(1820年) 魏晋南北朝時代 488年(太和12年)、北魏により設置された汾州を前身とする。 隋代 隋初には、汾州は3郡5県を管轄した。585年(開皇5年)、汾州は隰州と改称された。607年(大業3年)、郡制施行に伴い隰州は竜泉郡と改称され、下部に5県を管轄した[1]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州汾州南汾州郡竜泉郡 郡竜泉郡吐京郡臨河郡伍城郡県隰川県 石楼県 永和県楼山県 蒲県 垣県 県長寿県平昌県吐京県臨河県帰化県蒲子県 閉じる 唐代 618年(武徳元年)、唐により竜泉郡は隰州と改められた。742年(天宝元年)、隰州は大寧郡と改称された。758年(乾元元年)、大寧郡は隰州の称にもどされた。隰州は河東道に属し、隰川・蒲・大寧・石楼・永和・温泉の6県を管轄した[2]。 宋代 宋のとき、隰州は河東路に属し、隰川・蒲・大寧・石楼・永和・温泉の6県を管轄した[3]。 金のとき、隰州は河東南路に属し、隰川・仵城・蒲・大寧・石楼・永和の6県と馬門関・永和関・永寧関・上平関の4関を管轄した[4]。 元代 元のとき、隰州は晋寧路に属し、隰川・蒲・大寧・石楼・永和の5県を管轄した[5]。 明代以降 明のとき、隰州は平陽府に属し、大寧・永和の2県を管轄した[6]。 1724年(雍正2年)、清により隰州は直隷州に昇格した。隰州直隷州は山西省に属し、大寧・蒲・永和の3県を管轄した[7]。 1912年、中華民国により隰州直隷州は廃止され、隰県と改められた。 脚注 [1]『隋書』地理志中 [2]『旧唐書』地理志二 [3]『宋史』地理志二 [4]『金史』地理志下 [5]『元史』地理志一 [6]『明史』地理志二 [7]『清史稿』地理志七 Related Articles