張悕 From Wikipedia, the free encyclopedia 張 悕(ちょう き、生没年不詳)は、五胡十六国時代の前燕の人物。字は文祖。本貫は清河郡東武城県。子は張恂。玄孫は張烈(字は徽仙)。 前燕に仕え、典書令に任じられていた。 352年11月、燕王慕容儁は皇帝への即位を決め、文武百官を定めた。これに伴い、右僕射に任じられた。 尚書右僕射・豫州刺史に任じられた。 これ以後の事績は、史書に記されていない。 人物・逸話 幼少の頃、孤貧であったため、母とともに母の兄弟の家で養われた。学問を好み、牧牛の世話をしながら母に孝行を尽くした。牧牛の世話の合間に薪木二束と菜二本を毎日母に与えた。書物を持っている人に頼み、昼に折木を合わせて学書とし、夜は学書を所有者に読んで聴かせたという[1]。 脚注 ↑ 『十六国春秋』巻31 張悕 参考文献 『資治通鑑』巻99 『十六国春秋』巻26、巻31、巻65 Related Articles