影媛
上古の人物
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解説
日本書紀の記述
| (国史大系)『日本書紀』巻七 「景行天皇」より[7] |
| 三年春二月庚寅朔。卜幸于紀伊國。將祭祀群神祇。而不吉。乃車駕止之。遣屋主忍男武雄心命 一云武猪心 令祭。爰屋主忍男武雄心命詣之。居于阿備柏原而祭祀神祇。仍住九年。則娶紀直[※ 1]遠祖菟道彦之女影媛。生武内宿禰。 |
景行天皇の3年、祭祀のため天皇が紀伊国へ巡幸する予定が中止となり、その名代として
このとき、紀氏の始祖[5]である莵道彦の娘、影媛が、屋主忍男武雄心命の妻となり[1]、武内宿禰を産んだ[1]。のちに武内宿禰の子、木角宿禰の子孫は、武内宿禰の母の影媛が紀伊国の国造家の出自であったことから、「紀氏」と称した[6]。
古事記の記述
出典不明情報
- 兄に紀打。