薩摩藩士得能良介の長男として鹿児島に生まれ、1869年(明治2年)に上京して英学を学んだ。1874年(明治7年)陸軍省に入り、信号士官として台湾出兵に従軍した。その後、東京府属として教育行政を担当し、さらに愛知県に転任して勧業課に勤務した。ついで内務省に転じて地理局に勤務し、のち兵庫県地理課長となった。
1883年(明治16年)大蔵省印刷局長であった父が死去すると、大蔵省権少書記官に昇進して印刷局勤務となった。大蔵省三等技師、同印刷局事務次長、同事務長、同印刷局長、内閣印刷局長を歴任した。
1906年(明治39年)1月7日、貴族院議員に勅選され[5]、死去するまで在任した[6]。