御津町泙野
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河川・池沼
歴史
地名の由来
飯盛長者が自らの子を失ったことを毎日泣いて過ごしていたところを行脚中の行基に救われ、寺院を建立した伝説が存在しており、元々は「泣野」(ないし鳴野)であったという説と、『万葉集』所載の高市黒人作の安礼の崎の歌に対し、波静かな場所であることから「なぎの」と称したという説があるという[3]。
沿革
- 戦国時代 - 三河国宝飯郡に「なぎの上村」と読める地名の記録が残る[4]。
- 江戸時代 - 三河国宝飯郡泙野村として所在[3]。
- 慶長9年 - 幕府領となる[3]。
- 元禄11年 - 旗本一色丹後守知行となる[3]。
- 1889年(明治22年) - 御津村大字泙野となる[4]。
- 1930年(昭和5年) - 御津町大字泙野となる[4]。
人口の変遷
国勢調査による人口および世帯数の推移。
| 2010年(平成22年)[WEB 7] | 145世帯 496人 | |
| 2015年(平成27年)[WEB 8] | 163世帯 552人 | |
| 2020年(令和2年)[WEB 9] | 163世帯 509人 |