徳岡邦夫
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1960年、大阪府大阪市中央区平野町に生まれる[1]。なお、生家は後に湯木美術館となっている[1]。
2歳の時に父親を亡くして、その後に母が再婚したことで徳岡姓を名乗るようになる[1]と共に京都市嵐山の京都吉兆で暮らすようになる[2]。
当初は、料理人になる気も、京都吉兆の跡を継ぐ気もなく、中学時代はやんちゃを繰り返していたが、中学3年生になった時に高校進学が危ぶまれて、当時、修行に来ていた薩摩和男の紹介で入江塾に入塾[1][3]。しかし、中学3年生だった徳岡が入れられたクラスは中1の一番下のクラスであった[3]。元来の負けず嫌いもあって、塾のほかの生徒にも刺激され、熱心に勉強を開始するようになり、学校の試験で全教科90点代を取るまでになった[1]。岡山白陵高等学校[4]に入学するものの[1]、頻繁に試験を行い「80点以下は点数じゃない」と体罰も行われていたため[3]、ノイローゼになり、退学した。実家に戻った後は、京都吉兆の調理場での手伝いを始めた[3]一方で、京都府立北嵯峨高等学校に入り直した[1]。
この時に音楽と出合い、高校の仲間とバンドを組んでドラムスを担当し、「世界に通用するミュージシャン」を指向するようになる[1][5]。高校卒業後、ミュージシャン指向を父親に告げるが、双方感情的となって収拾がつかなくなって、祖父・湯木貞一も世話になっていた盛永宗興の下で寺預かりの身となり、頭を剃られ、仏門に入る[1][5]。2か月ほど修行を行っていたある日、座禅中にやりたいことをやろうと頑なになっている己がいる一方で、父をはじめとして周りの人たちの思いやり や期待が心に沁み込んできた[1][5]。祖父・湯木貞一は、ミュージシャンではないけれど、世界に通用する人物であり、自分も祖父のような世界に通用する料理人になろうと決意する[1]。
湯木貞一の傍で仕事ができるという条件で吉兆に入社[5]。本吉兆高麗橋本店(大阪市)で本格的な料理修業に入った[1]。本吉兆高麗橋で3年、続いて東京吉兆築地店で4年間の修行を行う[5]。
築地で修業を行った際に、祖父・湯木貞一が「にゅうめんが食べたい」と言い出し、厨房には他に誰もいなかったので、にゅうめんを作ったことはおろか1人で調理したこともなかったが、徳岡はにゅうめんを作り、湯木は「おいしい」と言った[1]。その一言が、徳岡の自信にも、財産にもなった[1]。
1995年には、京都吉兆嵐山本店の総料理長に就任する[1][6]。これにはバブル崩壊によって、吉兆の来客数が激減し、主要な料理人の引き抜きもあって、ほかに料理長を務める人がいなくなったという事情もある[7]。
客を呼び戻すためになにかをやらなければならないが、なにをやればよいのかもわからないような状態であった[7]。徳岡は当時流行していた「ディスクローズ」という単語に着目し、ネットを営業活動のひとつのツールとして始めたが、当時のネットユーザーが若い層であり、嵐山吉兆の顧客のほとんどが60歳以上と全くずれていたためウェブページネットの公開はほとんど効果がなかった(ただし、後にはネット公開が評価されている)[7]。徳岡は残った従業員たちとのミーティング、コミュニケーションを重要視した[7]。客をどのようにして喜ばせるか考え、このやり方では客は喜ばない、だからこのようにすべきだという話をした[7]。
出典
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 “第381回 株式会社京都吉兆 代表取締役社長 徳岡邦夫氏”. 飲食の戦士たち. いんしょくハイパー (2013年8月6日). 2024年4月11日閲覧。
- 1 2 “『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫 Vol.1”. 代表 辻芳樹 WEBマガジン. Chef’s interview. 辻調グループ校 (2010年10月1日). 2024年4月11日閲覧。
- 1 2 3 4 安倍昭恵 (2012年5月13日). “京都吉兆三代目、徳岡邦夫さんに聞く【第2回】「進学校」を中退しミュージシャンを目指した、禅寺での修行が料理人への道を開いた”. 現代ビジネス. 2024年4月11日閲覧。
- ↑ “進学塾、ビリっけつの奮起”. 京都吉兆. 2026年4月13日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫 Vol.2”. 代表 辻芳樹 WEBマガジン. Chef’s interview. 辻調グループ校 (2010年10月8日). 2024年4月11日閲覧。
- 1 2 3 “徳岡 邦夫”. 料理王国. 2024年4月11日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫 Vol.4”. 代表 辻芳樹 WEBマガジン. Chef’s interview. 辻調グループ校 (2010年10月22日). 2024年4月11日閲覧。
- ↑ 内藤忍 (2010年10月21日). “京都吉兆三代目、徳岡邦夫さん [前編]”. 現代ビジネス. 2024年4月11日閲覧。
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