忍坂女王 From Wikipedia, the free encyclopedia 忍坂女王(おしさかじょおう/おしさかのおおきみ、生没年不詳)は、奈良時代の日本の皇族。系譜は不明だが、新田部親王の娘という説もある。位階は従五位上。 称徳朝の神護景雲3年(769年)5月、県犬養姉女たちの謀反の計画に加わり、聖武天皇の娘の不破内親王の子である氷上志計志麻呂を皇位につけようとして、天皇への巫蠱を行ったとして遠流の罪に処せられている。この時の位階は不明[1]。 ところが、光仁朝の宝亀2年(771年)になって、それらは丹比乙女による誣告と判明し、姉女らとともに名誉を回復した[2]。その後、桓武朝の天応元年(771年)9月、無位から従五位下に叙爵され[3]、延暦5年(786年)正月には、従五位上に昇叙している[4]。 官歴 『続日本紀』による 神護景雲3年(769年) 5月29日:流罪(遠流) 天応元年(771年)9月4日:従五位下 延暦5年(786年)正月14日:従五位上 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『続日本紀』巻第二十九、称徳天皇 神護景雲3年5月29日条 ↑ 『続日本紀』巻第三十一、光仁天皇 宝亀2年8月8日条 ↑ 『続日本紀』巻第三十六、桓武天皇 天応元年9月4日条 ↑ 『続日本紀』巻第三十八、桓武天皇 今皇帝 延暦5年正月14日条 参考文献 『続日本紀』4 新日本古典文学大系15 岩波書店、1995年 『続日本紀』5 新日本古典文学大系16 岩波書店、1998年 宇治谷孟訳『続日本紀 (中)・(下)』講談社学術文庫、1992年、1995年 関連項目 石田女王 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles