恐怖のミイラ
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日本のテレビホラーの先駆け的作品[3]。夏期の納涼番組を意図しており[注釈 2][3][4][5][6][7][8]、大人の視聴者にも恐怖を与えたとされる[3]。
原作は宣弘社が映像化した『豹の眼』(1959年 - 1960年)と同じく高垣眸の小説である[6][注釈 3]。しかし同作品は数ページの短編であったため、本作品では大幅に脚色されほぼオリジナルの内容となっている[6]。脚本を担当した御手俊治はプロデューサー西村俊一の筆名であるが、監督の田村正蔵は実際には伊上勝が執筆しており、伊上の名では資金が出せないための措置であったことを証言している[9][8]。
制作時期が新東宝の倒産と重なるため、同社に所属していた俳優が多く出演している[注釈 4][6][8]。
ミイラ役のバブ・ストリックランドは京都でクラブのバーテンダーをしていたところ、体躯の良さを見込まれてスカウトされた[5][6]。しかし、スケジュールの都合がつかずに前半で降板した後、スタッフが代役を務めていたとされる[5][6][8]。そのため、第9話以降は全身包帯姿となっている[8]。ミイラの目玉はピンポン球を加工して作られている[5]。
視聴率が好調であったため継続を望む声もあったが、宣弘社社長の小林利雄は「秋冬にホラーをやっても寒いだけだから」としてこれを断った[4]。
あらすじ
大学で法医学を学んでいる野々宮雄作は、姉の家へ同居することになる。義兄である姉の夫・板野博士は考古学の権威で、家族にも内緒で助手の牧村と共に研究室に閉じこもって毎晩遅くまで秘密の研究をしていた。その研究とは、エジプトで発掘して持ち帰った古代4,000年前のミイラを生き返らせるというものであった。ある夜、ついに2人の研究が完成してミイラは蘇生するが、ミイラは博士を殺害して研究所から姿を消す。
出演
スタッフ
放映リスト
漫画版
楠高治によるコミカライズ版が『少年クラブ』1961年9月号から12月号に連載された[12]。
ライターの猫目ユウは、ウェブサイト「おたくま経済新聞」に寄せたレビューの中で、「単に蘇ったミイラが超人的な力で街を恐怖に陥れるというだけではない、哀愁を帯びた展開があるのもこの作品のミソ」と評価しており、原作者が戦前から人気のあった高垣眸であることでストーリーに深みが出たのではないかと推測している[12]。
また、猫目は楠がかつて桑田次郎のアシスタントを務めていた点についても触れ、作画が初期の桑田と酷似しているとしつつも、「人物の描写(特にポーズや表情)などに漫画的な画一的なものがあって二次元的。ただコマ割りやテンポなどはよく、中だるみなく一気に読める」と述べている。その一方、猫目はミイラから汀を守る板野博士の妻の弟・雄作との関係が説明不足であると指摘している[12]。