悲しくてやりきれない
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| 「悲しくてやりきれない」 | |||||||
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| ザ・フォーク・クルセダーズ の シングル | |||||||
| 初出アルバム『紀元貳阡年』 | |||||||
| B面 | コブのない駱駝 | ||||||
| リリース | |||||||
| ジャンル | フォークソング | ||||||
| レーベル | Capitol Records / 東芝音楽工業 | ||||||
| 作詞・作曲 | |||||||
| ゴールドディスク | |||||||
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| ザ・フォーク・クルセダーズ シングル 年表 | |||||||
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「悲しくてやりきれない」(かなしくてやりきれない)は、ザ・フォーク・クルセダーズの楽曲。1968年3月21日に東芝音楽工業(キャピトル・レーベル)から2枚目のシングルとして発売。
1976年に東芝音楽工業の後身である東芝EMIから再発売された際には(規格番号:ETP-10093)、契約上キャピトルのレーベルが使用できなかった時期だったため、レーベルが「EXPRESS」に変更されていた。
東芝EMI再発盤には、大阪有線放送社(現:USEN)がリクエスト受付用の非売品として制作したものもあった(規格番号:4RS-1343)。この盤は「RECORD FOR yusen」のロゴが入ったジャケットで、レーベルが「東芝レコード」(過去に東芝が使用していた傘マークのロゴ)となっていた。
2枚目のシングル曲として予定されていた「イムジン河」が発売自粛となったため、それに代わる曲として制作された。当時パシフィック音楽出版(現・フジパシフィックミュージック)会長だった石田達郎から「イムジン河」に代わる新曲を急遽作曲するよう強要され、会長室に3時間缶詰にされたときに作ったものである[1] 。
テレビ朝日系『驚きももの木20世紀』にて「「イムジン河」のコードを反対からつなげて作った」と紹介されたが、加藤本人は否定している[1]。これに関して、加藤は「フジパシフィックの会長室に、ギターだけ渡され、3時間で作曲を依頼され、部屋に鍵をかけられて軟禁状態だった(笑)。しょうがないから適当に遊んで、最後の2〜30分ぐらいで曲を作ってカセットに吹き込んだんですよ。」と、語っている。さらに「その出来立ての曲を持って、そのままサトウハチロー宅へタクシーで向かった。本人とは初対面だったが、とくに曲の打合せはしなかった。1週間ほどで詞が自宅へ送られてきた。歌詞を見ると『悲しくてやりきれない』…。こんな詞で、いいんだろうかと思ったが、歌ってみると、曲に語句がぴたっと合っていて驚いた」と告白している[1]。
B面の「コブのない駱駝」は後に作詞家としても大成する北山修の初の作詞曲である。曲が先に作られたという[2]。北山曰く、この曲の歌詞は自身の専門とする精神医学にも通じるとのことである[2]。また、ビートルズの影響を受けた加藤がわざわざシタールをスタジオに持ち込んで演奏している。