悲母観音

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製作年1888年
種類絹本著色
寸法159.8 cm × 86.1 cm (62.9 in × 33.9 in)
『悲母観音』
作者狩野芳崖
製作年1888年
種類絹本著色
寸法159.8 cm × 86.1 cm (62.9 in × 33.9 in)
所蔵東京藝術大学

悲母観音(ひぼかんのん)』は、狩野芳崖による日本画1888年に制作され、作者の絶筆となった。フェノロサらとともに挑んだ日本画革新運動の帰結点であるとともに、近代日本画の出発点と目される[1]1955年には国の重要文化財に指定された[2]

『悲母観音』では、空中に浮かぶ観音水瓶から水を落とし、赤子を包む泡へと流す様子が描かれている。観音と童子が空中に浮かんでいるという構図は、中国で伝統的にみられるものである[3]古田亮によると、本作の前身にあたる『観音』(後述)は、楊柳観音善財童子をともに描くという伝統的な図像がもとになっているという[4]

関連作品

  • 『波上観音』狩野芳崖(所在不明)

1880年から翌年までのころに制作された作品。後に制作される『観音』を左右反転させたような構図であり、『悲母観音』への系譜に連なる作品とされる[1]

1884年のパリ日本美術縦覧会に出品された水墨画。『悲母観音』は本作に次ぐ「第二の観音」として制作された[5]。弟子たちの証言によると、画中の赤子のモデルは、芳崖の初孫 新治であるという[6]

関連項目

脚注

参考文献

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