永和3年(1377年)5月1日、当時の天童城主里見頼直が勝軍地蔵を御殿の奥の間に安置したことに始まる。
天正12年(1584年)12月24日、山形城主最上義光が天童城を攻略したのち、本丸跡に社殿を建立し社領1370石を寄進した。これが創建とされる。同13年(1585年)6月24日には天童城主里見家の氏神・勝軍地蔵を遷宮し、大祭の儀式が行われた。
社殿は同年に炎上し、慶長8年(1603年)に再建された。それも寛文年間に暴風で倒壊したため、延宝6年(1678年)再び造営されてこれが現在の社殿となる。江戸時代には末社48社を数えたと伝えられる。
明治に入り、近代社格制度において県社に列した。