かつて黒部川の両岸には13の用水が作られ、それぞれの堰から水を取り入れていたが、黒部川での発電事業計画(黒部川第四発電所〔現・黒西第一発電所〕の建設[2])を機に用水合口化することになり、旧愛本橋の約50m下流に愛本合口堰堤が建設されることになった[3]。設置場所については、黒部川電力と富山県は、実際に築造した地点から100m上流にローリングゲート2門を設けて出来る限り緩やかに放流する計画を立てていたが、当時の河川の主務官庁であった内務省土木局(現・国土交通省)から予定より100m上流に指定され、狭窄部においてローリングゲートを採用することになった[3][4]。この調整の為着工1930年にずれ込み、完成したのは1932年8月であった[4]。工事費は富山県及び地元との分担であった[2]。
その後、1934年、1952年の洪水には何とか改修によって持ち堪えたが、1969年8月11日の豪雨に伴う大洪水では致命的な被害を受けたため、堰堤の移設が決まった。現在の愛本堰堤は旧堰堤の130m上流側に越流型シェルタイプのローラーゲート構造の洪水吐ゲートとし、1973年3月に完成した[3]。
愛本堰堤に達する黒部川の水量は年間約28億トンであり、そのうち約50%が愛本で取水され、黒東・黒西用水路から発電および灌漑用水として利用されている[3](農業用水最大取水量は毎秒75.39m3[5])。残りの約50%は本川へ放水される[3]。
堰堤の下流には黒部川神社がある。1939年9月落成で、川をはさんで左岸堤防に大鳥居、右岸堤防に社殿が造営されている[6]。