愛知県立東郷高等学校
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| 愛知県立東郷高等学校 | |
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北緯35度5分13.34秒 東経137度2分38.77秒 / 北緯35.0870389度 東経137.0441028度座標: 北緯35度5分13.34秒 東経137度2分38.77秒 / 北緯35.0870389度 東経137.0441028度 | |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 校訓 | さとく・ゆたかに・たくましく |
| 設立年月日 | 1968年(昭和43年) |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 |
普通科 普通科美術コース |
| 学科内専門コース | 美術コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D123210000198 |
| 高校コード | 23129A |
| 所在地 |
〒470-0162 愛知県愛知郡東郷町春木字狐塚3801-2 |
| 外部リンク | 公式サイト |
1968年4月、愛知県立明和高等学校(名古屋市東区)を仮校舎として開校[1]。愛知県教育センター研究課長の酒向健が初代校長として赴任した[2]。
1969年4月、自治官僚の仲谷義明が愛知県教育委員会教育長に就任した。東郷高校は仲谷の就任と同じくして1969年4月に東郷村(現・東郷町)の新校舎に移転した。当校の管理教育強化はここから始まった。酒向は仲谷をその「功労者」と証言している[3]。軍事教練を模した「マル東訓練」、東郷高校の元服式と言われる林間学校、学校側の生徒会への積極的な介入など当校の厳しい指導法は「東郷方式」と呼ばれ、1970年代に愛知県に次々と作られた新設校のモデル校となった[4][5][6][7]。
1972年4月、後藤保民が2代目校長として赴任[8]。
1979年4月、新設高校教育推進連絡協議会会長の塚本太が3代目校長として赴任[9]。1982年4月23日、マル東訓練を苦にした1年生の女子生徒が校舎4階から飛び降り自殺をした[10]。
カヌー競技の強豪校であり、1995年、第50回国民体育大会少年男子カヤックフォア(同校選手1名含む愛知県選抜チーム)優勝、少年男子カナディアンシングル4位入賞者を輩出以降、多数の全国大会優勝および入賞者を輩出する。直近では2018年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)男子カヤックシングル500m、200mで優勝を果たした。
尾張学区に属するが、調整特例により豊田市(市内全域)およびみよし市からも進学可能。名鉄バスで直接アクセス可能な刈谷市や知立市からは進学できない。
設置学科
- 普通科
- 美術コース
沿革
校章
校歌・応援歌
校歌・応援歌「赤き血潮の燃ゆるとき」と「東郷讃歌」と言う歌がある。
出身者
学校行事
- 4月:入学式・新入生歓迎会・新入生オリエンテーション・総体予選
- 5月:総体予選・1学期中間試験( - 6月上旬)・業後補習開始(3年のみ)
- 6月:体育大会・1学期期末試験( - 7月上旬)
- 7月:再考査(追試)夏休み補習
- 9月:実力テスト・文化祭・2学期中間試験
- 3月:卒業式・球技大会・修了式
