慈受院
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歴史
当院は、正長元年(1428年)に室町幕府第4代将軍足利義持の正室である日野栄子によって、天皇家の菩提を弔うために藤原道長が建立した法成寺の跡地に創建された[1]。
院号の由来は日野栄子の戒名である慈受院浄賢竹庭尼大禅師から採られ、創建以来皇室、足利将軍家、摂関家より住持が入山している。薄雲御所、烏丸御所、竹之御所と呼ばれた[1]。
応仁の乱で焼失するが、復興される。
宝永5年(1708年)の宝永の大火によって焼失し、一時断絶している[2]。
1919年(大正8年)に当地にあった日野栄子が開基となって創建された総持院が、断絶した慈受院を併合したうえで名を慈受院と改め、再興された[2]。
当寺の南には表千家会館が、北には茶道総合資料館がある。
境内
所在地
- 京都府京都市上京区寺之内通堀川東入百々町540
