我が愛の至上
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| 「我が愛の至上」 | |||||||
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| イーグルス の シングル | |||||||
| 初出アルバム『オン・ザ・ボーダー』 | |||||||
| B面 | 懐かしき '55年 | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | 7インチ・シングル | ||||||
| 録音 | ロンドン、オリンピック・スタジオ(1974年) | ||||||
| ジャンル | ロック | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | アサイラム・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 |
ドン・ヘンリー グレン・フライ J.D.サウザー | ||||||
| プロデュース | グリン・ジョンズ[2] | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
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| イーグルス シングル 年表 | |||||||
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「我が愛の至上」(原題: Best of My Love)は、イーグルスが1974年に発表した楽曲。
作詞作曲はドン・ヘンリー、グレン・フライ、J.D.サウザー。リード・ボーカルはドン・ヘンリー。
ヘンリーによれば、歌詞の多くはサンタモニカ・ブルバードにあったレストラン「Dan Tana's」で書かれたという(本作品を収録したアルバム『オン・ザ・ボーダー』のライナー・ノーツには「Dan Tana's」のヘッド・ウェイターへの謝辞がある)[3][4]。フライはこう回想している。「ある午後ローレル・キャニオンでアコースティック・ギターを弾いてたんだ。2、3日前にジョニ・ミッチェルが教えてくれたチューニングをものにしようと思ってね。結局途中でわからなくなったのだけれど、それが『我が愛の至上』で使われているギター・チューニングとなった」[5]。サウザーによれば最初に曲をもってきたのはフライであり、フレッド・ニールのレコードが元だと思うと述べている。「締め切りぎりぎりに3人で書き上げたよ。どこからインスピレーションを得たのかもう分からない」[6]
レコーディングはロンドンのオリンピック・スタジオで行われた。アルバムの制作中、カントリーロック志向の強いグリン・ジョンズとメンバーの間で衝突があり、プロデューサーは途中からビル・シムジクに変わった。本作品のプロデューサーとレコーディング・エンジニアはジョンズがつとめた。アシスタントのエンジニアはロブ・テーア(Rob Thaer)がつとめた。そしてシムジクがリミックスを行った[2]。
1974年3月22日発売のアルバム『オン・ザ・ボーダー』に収録され、同年11月5日にシングルカットされた[1]。B面はトム・ウェイツが作詞作曲した「懐かしき '55年」。
1975年3月1日付のビルボード・Hot 100の1位を記録した。そのほか、ビルボード・イージーリスニング・チャート、カナダRPMのポップチャート、カナダRPMのアダルト・コンテンポラリー・チャートでも1位を記録した。1975年の年間チャートの12位を記録するなど大ヒットとなった。
2013年1月19日発売のDVD/ブルーレイ『History of the Eagles』 のボーナスDVDに1977年3月にワシントンD.C.で行われたライブ全8曲の映像が収められた。本作品のライブバージョンも収録。
演奏者
- ドン・ヘンリー - リード・ボーカル、ドラムズ
- グレン・フライ - 12弦アコースティック・ギター、バッキング・ボーカル
- バーニー・レドン - スティール・ギター、バッキング・ボーカル
- ランディ・マイズナー - ベース、バッキング・ボーカル