戸田 (名古屋市)
名古屋市中川区の地名
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地理
戸田一丁目から五丁目は名古屋市中川区西部に位置し、東は春田四~五丁目・供米田三丁目、西は戸田西一丁目から三丁目・戸田ゆたか一丁目から二丁目、南は水里四丁目、北は戸田明正一丁目から二丁目に接する。
富田町大字戸田は町名整理により大部分が他の町名に変更され、現在は戸田川の河川用地などに残存する。
字一覧
富田町大字戸田の小字は以下の通り[1]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 一番屋敷(いちばんやしき) | 岩土(いわつち) |
| 内六(うちろく) | 大埋地(おおうめち)[注釈 1] |
| 蒲田(かまだ) [注釈 2] | 上川田(かみかわた) |
| 上新田(かみしんでん) | 上流(かみながれ) |
| 上柳瀬(かみやなせ) | 川萩(かわはぎ) |
| 北井領(きたいりょう) | 北内六(きたうちろく) |
| 北内訳(きたうちわけ)[注釈 3] | 北大日堂(きただいにちどう) [注釈 4] |
| 北八反田(きたはちたんだ)[注釈 5] | 北松前(きたまつまえ) |
| 北四ツ辻(きたよつつじ) | 北輪之内(きたわのうち) |
| 狐塚(きつねづか) | 蔵屋敷(くらやしき) |
| 黒ケ池(くろがいけ) | 五番屋敷(ごばんやしき) |
| 三番屋敷(さんばんやしき) | 下川田(しもかわだ) |
| 下新田(しもしんでん) | 下流(しもながれ) |
| 正安寺(しょうあんじ) | 庄助前(しょうすけまえ) |
| 新左田(しんざだ) | 西南穴田(せいなんあなだ)[注釈 6] |
| 西南高上(せいなんたかじょう)[注釈 7] | 西北穴田(せいほくあなだ)[注釈 8] |
| 西北高上(せいほくたかじょう)[注釈 9] | 外戸(そとど) |
| 外丸田(そとまるた) | 大日川田(だいにちかわた)[注釈 10] |
| 大日堂(だいにちどう)[注釈 11] | 中南高上(ちゅうなんたかじょう)[注釈 12] |
| 中北高上(ちゅうほくたかじょう)[注釈 13] | 東南穴田(とうなんあなだ)[注釈 14] |
| 東南高上(とうなんたかじょう)[注釈 15] | 東北穴田(とうほくあなだ)[注釈 16] |
| 東北高上(とうほくたかじょう)[注釈 17] | 通割(とおしわり)[注釈 18] |
| 通海(とおりみ)[注釈 19] | 苗代(なえしろ) |
| 中亀之助(なかかめのすけ)[注釈 20] | 中蔵(なかくら) |
| 中五反田(なかごたんだ) | 中新田(なかしんでん) |
| 中立切(なかたてきり) | 中対米(なかついごめ) |
| 中通海(なかとおりうみ) | 中流(なかながれ) |
| 中寄合(なかよりあい)[注釈 21] | 中割取(なかわりとり) |
| 西池田(にしいけだ) | 西戍亥角(にしいぬいずみ) |
| 西上柳瀬(にしかみやなせ) | 西亀之助(にしかめのすけ)[注釈 22] |
| 西烏田(にしからすだ) | 西川萩(にしかわはぎ) |
| 西蔵(にしくら) | 西五反田(にしごたんだ) |
| 西小橋(にしこばし) | 西米替(にしこめかえ) |
| 西芝切(にししばきり) | 西下柳瀬(にししもやなせ) |
| 西立切(にしたてきり) | 西対米(にしついごめ) |
| 西通海(にしとおりみ) | 西稗田(にしひえだ) |
| 西寄合(にしよりあい)[注釈 23] | 西六反田(にしろくたんだ) |
| 西割取(にしわりとり) | 二番屋敷(にばんやしき) |
| 八反田(はちたんだ)[注釈 24] | 八幡腰(はちまんごし) |
| 粶ケ角(はぜがすみ)[注釈 25] | 半ノ木(はんのき)[注釈 26] |
| 東池田(ひがしいけだ) | 東戍亥角(ひがしいぬいずみ) |
| 東上柳瀬(ひがしかみやなせ) | 東亀之助(ひがしかめのすけ)[注釈 27] |
| 東烏田(ひがしからすだ) | 東川萩(ひがしかわはぎ) |
| 東蔵(ひがしくら) | 東小橋(ひがしこばし) |
| 東米替(ひがしこめかえ) | 東五反田(ひがしごたんだ) |
| 東下柳瀬(ひがししもやなせ) | 東立切(ひがしたてきり) |
| 東対米(ひがしついごめ) | 東稗田(ひがしひえだ) |
| 東寄合(ひがしよりあい)[注釈 28] | 東六反田(ひがしろくたんだ) |
| 東割取(ひがしわりとり) | 古川埋田(ふるかわうめた)[注釈 29] |
| 古川新田(ふるかわしんでん) | 古苗代(ふるなえしろ) |
| 平左裏(へいざうら) | 法蓮坊(ほうれんぼう) |
| 北東穴田(ほくとうあなだ) | 北東高上(ほくとうたかじょう) |
| 道崎(みちざき)[注釈 30] | 南井領(みなみいりょう) |
| 南内訳(みなみうちわけ)[注釈 31] | 南大日堂(みなみだいにちどう) |
| 南稗田(みなみひえだ) | 南松前(みなみまつまえ) |
| 南四ツ辻(みなみよつつじ) | 南輪之内(みなみわのうち) |
| 宮田(みやた)[注釈 32] | 吉金(よしかね) |
| 四番屋敷(よばんやしき) | 六番屋敷(ろくばんやしき) |
河川
歴史

町名の由来
江戸期の海東郡戸田村を前身とする。中世まで富田荘の一部であったことから、「富田」が略されて戸田となったとする説(『尾張国地名考』『尾張徇行記』)、かつて桑畑が広がっており桑や漆を植えるために民家に田を与えることを意味するとする説がある[2][3]。
行政区画の変遷
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、海東郡戸田村大字戸田となる[4]。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 合併に伴い、富田村大字戸田となる[4]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 町制施行に伴い、富田町大字戸田となる[4]。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 名古屋市中川区へ編入し、同区富田町大字戸田となる[4]。
- 1981年(昭和56年)10月1日 - 一部が水里一~四丁目となる[5]。
- 1982年(昭和57年)
- 1988年(昭和63年)2月11日 - 一部が戸田一~五丁目・戸田西一~三丁目・戸田ゆたか一~二丁目となり、一部を水里二~四丁目へ編入[4][5]。
- 2009年(平成21年)7月25日 - 一部が戸田明正一~三丁目となり、一部を戸田西一丁目・戸田ゆたか二丁目へ編入[WEB 7]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 12]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 13]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 戸田一丁目 | 全域 | 名古屋市立戸田小学校 | 名古屋市立供米田中学校 | 尾張学区 |
| 戸田二丁目 | 全域 | |||
| 戸田三丁目 | 全域 | |||
| 戸田四丁目 | 全域 | |||
| 戸田五丁目 | 全域 |
施設
- 名古屋市立戸田小学校
- 名古屋戸田郵便局
- 名古屋市富田地区会館
- 三十三銀行戸田支店
- 旧常盤醸造本宅 - 1771年(明和8年)創業。登録地域建造物資産。
- 旧桜味醂醸造
- 八幡神社(一之割)
- 天満宮(二之割)
- 鈴宮社(三之割)
- 白山神社(四之割)
- 神明社(五之割)
- 寶泉寺
- 法然寺
- 西照寺
- 太平寺
- 浄賢寺
- 名古屋市立戸田小学校
- 旧常盤醸造本宅
- 八幡神社(一之割)
- 天満宮(二之割)
- 鈴宮社(三之割)
- 白山神社(四之割)
- 神明社(五之割)
- 寶泉寺
- 法然寺
- 西照寺
- 太平寺
- 浄賢寺
交通

鉄道
バス
- 戸田荘(名古屋市営バス 幹中村1・金山23・高畑17・富田巡回・南陽巡回)
- 戸田(名古屋市営バス 金山22・富田巡回) - 近鉄の戸田駅とは位置が違う。
- 戸田西2(名古屋市営バス 金山22)
- 戸田小学校(名古屋市営バス 金山22)
- 戸田3(名古屋市営バス 富田巡回)
- 戸田明正2(名古屋市営バス 南陽巡回)
